第三話 豪華(ごうか)絢爛(けんらん)
あれから二年。 梅乃は十歳になった。
「花魁、失礼しんす……」 玉芳の部屋に勝来がやってきた。
最初の禿だった菖蒲は十五歳になり、下級の妓女となっていた。
それにより、禿の最年長は勝来である。
「本日の予約は……」 勝来が予定を読み上げると
「へー 初見(しょけん)さんか……」 玉芳は驚いていた。
玉芳が驚くのも無理もない。
少し前だが、戊辰戦争が起こり 上野周辺は瓦礫(がれき)や死体の山であった。
ここ吉原も、彰義隊の避難所として利用している為、戦争に巻き込まれたくない客は遠のいていった。
「少し、客さんは戻ってきたのかしら……?」
玉芳はキセルを吹かしながら空を見ていた。
吉原は幕府公認の妓楼街であったが、大政奉還により幕府が権力を失う。
大名は吉原から足が遠のき、金が安く済む夜鷹を使っていた。
また吉原に来ても大見世である三原屋を使わず、吉原の壁側にある河岸(かし)見(み)世(せ)を使う客も増えていった。
吉原の妓楼は四つのランクに分けられていた。
三原屋のような格式が高い見世は、大見世。
格式が低く、引手茶屋を通さずに遊べるのが小見(こみ)世(せ)。 その中間にあるのが中(なか)見(み)世(せ)である。
そして、吉原を囲むように川の水が溜まったのが『お歯黒ドブ』と呼ばれ、そのドブの近くにある見世が、河岸(かし)見(み)世(せ)と呼ばれていた。
河岸見世は安く、格式など無い。
年季が明けて、行くところが無くなった妓女が多く在籍する。
また、三十路過ぎの女性が多いところでもある。
そして戦争により、一気に客足は遠のき三原屋も経営が苦しかった。
「久しぶりに、景気よくいこう」 玉芳は嬉しそうであった。
この落ち込んだ景気を回復しようと、強く思っていたのだ。
玉芳は一階にいる “鑓手(やりて)婆(ばば) ” の所に出向いた。
鑓手婆とは、妓楼の一階に座り、妓女の管理や会計などを行う人である。
三原屋で言えば『采』である。
「お婆(ばば)、今日の客さんは どんな方?」 玉芳は采に聞くと
「確か……金貸しの旦那とか言ったね。 アチコチの妓楼に顔を出すヤツさ…… そこいらで品定めでもしているんじゃないかい?」
「お婆、今日は車を出してくれない?」 玉芳は、珍しく采に頼み事をした。
「そりゃ構わないけど、ケチられたらどうするんだい?」
采の言うことは尤もである。
ケチる……車などを頼んでないから、値引けと言ってくる客である。
「お婆、ここは勝負です。 大見世として生き残れるかの勝負です。 もし、ケチられたら私が車代を払いましょう」
「玉芳……」 采は、花魁の玉芳の気迫に圧倒された。
「わかった! 手配しとくよ」 采はニヤリとして、親指を立てた。
「ありがとう お婆♪」
「さぁ 風呂に入って、やるよ」 玉芳は大きな声を出し、妓女たちに活気を与えた。
「それと、酒宴は……菖蒲、それと勝来も入りなさい」
「あ、はい……」 勝来は驚いていた。
菖蒲は妓女として入ったばかりで勉強の為に呼ばれたのだと分かるが、勝来は『新造(しんぞう)出(だ)し』と言って妓女の見習いという身分で、妓女としては経験していなかった。
そして、新造出しからお披露目として変わっていくのでる。
「勝来、勉強よ。 私、赤飯を用意するわ」 菖蒲が励ましたが
「……はい」 返事に元気が無かった。
梅乃は大部屋を見渡していた。
(勝来姐さんに元気がないのは、周囲の目だ! 嫉妬、妬みが当たり前の妓楼では花魁と一緒に仕事が出来れば、上客のオコボレを貰えるチャンス……みんなが欲しかったチャンスを妓女の見習いが選ばれるのだから、嫉妬の目は当たり前だよ……)
梅乃は、まだ十歳だが分かっていた。
「それと……梅乃、八時まで酒宴に参加しなさい」
玉芳の言葉は、十歳の小娘の意識を遠ざけた。
「しっかりしなさい、梅乃……」 梅乃は後ろに倒れ、気絶していた。
梅乃の目が覚めると、大部屋の空気が一変していた。
“ザワザワ…… ”
「じゃ、頼むわね」 そう言って、玉芳は自室に戻っていった。
「すごいじゃん、梅乃~」
「小夜……どうしよう……」 喜んでくれた小夜に、泣きついていた梅乃である。
「とにかく決まったのだから、精一杯 勤めるんだよ」 菖蒲は、梅乃の肩に手を置いた。
梅乃は酒宴に参加をするが、もちろん禿の仕事もある。
一層の気持ちが必要だったが……
「なんでお前が……」 いつも梅乃に絡み、蹴ってきた妓女が言いよってきた。
「すみません……」 とりあえず、梅乃は謝ったが
「生意気な……」 見下ろしてくる目が怖かった。
そして夕刻、玉芳が引手茶屋に向かう時間である。
「花魁、通ります」 大きな声で迎えをアピールすると、周囲の目が玉芳に向いた。
『この景気の悪い時に車で花魁だと? 一体、誰だよ……』 こんな噂が吉原に響いた。
幕府が崩壊し、景気が悪くなった吉原に玉芳が風を流し込む。
そして、他の妓楼と差をつける為に車まで用意したのだ。
まさに、これが玉芳の作戦であった。
そして精一杯の声を出してアピールをする梅乃と小夜。
ここが見世の運命の分かれ道であった。
「お待たせしました。 三原屋の玉芳でありんす……」
(えっ?) 梅乃は驚いていた。 普段なら、初見の客には笑顔を見せない玉芳が優しい言葉で迎えていた。
「お、おぉ……」 客は面食らっていた。
「本日は車で失礼しんす……お嫌でしたら、車代は私が……」
玉芳が言いかけた所で、客が言葉を被せてきた。
「構わんよ。 私が持つ」 客は軽く手を胸に置いた。
「ありがとうございます……では、こちらへ」
客の男は車に乗り、動くのを待った。
「では、普段ならお客さんが先に歩くものですが……私が案内を致しましょう」
そう言って、先頭を玉芳が歩いた。
そして、外八文字を見せると仲の町に歓声が上がった。
“こりゃ、変わった案内だが、これもいい…… ”
仲の町に様々な声が飛んだ。
これは、どこの妓楼もしたことのない事であった。
そして、普通に歩けば数分の場所ではあるが、三十分を使って三原屋に到着した。
「それでは、二階の酒席へ……」 ここからは禿の出番である。
酒席の部屋へ案内をすると、菖蒲が酌をする。
玉芳は、自室で小夜と酒席の衣装へと着替えていた。
そして酒席の部屋の隅で、勝来と梅乃は正座をしていた。
そして十分が過ぎた頃、玉芳が部屋に入ってきた。
「……」 玉芳は『お待たせしました』の言葉さえ出さず、客とは少しの距離を取って座った。
実際は初見の客とは言葉も交わさず、酒宴の料理にも手を付けないのが普通である。
玉芳は、セオリー通りに接客をした。
これは花魁なりの品定めである。
酒宴を盛り上げるのは客であり、花魁のご機嫌を伺っていくものである。
花魁は笑顔ではあるが、あまり言葉は交わさない。
そこで 「お嬢ちゃんたちも、どうぞ……」
禿の梅乃にまで食事を出していた。
そして、三時間の酒宴が終わる。
階段まで見送る玉芳は
「今宵は、本当にありがとございます」 深々と礼をした。
いつもと違う感じの対応に、客は驚いていた。
そして菖蒲が妓楼の出口まで見送ると、
客が 「また、同じ面子で頼むよ……」 と、言ったのである。
そして、二階の窓から玉芳が見ていた。
ふと、客が二階を見上げると、玉芳と目が合った。
玉芳が微笑むと、客は手を挙げて帰っていった。
「よくやったよ」 采が玉芳の部屋に来て、言葉を掛けた。
「しかし、いつもと違うじゃないか?」
「えぇ……いつもと同じなら、あの客は いつもと同じく別の見世に行くでしょう……」 ここからは真剣勝負をしないと、生き残れないと感じての行動だったようだ。
「大したものだよ……」 そう言って、采は一階に降りて行った。
そして、二日後に その客は来た。
今度は、普段通りに歩いて迎えに行った玉芳に
「今日は普通だな……」 つい、言葉を漏らしてしまった。
「毎度、同じですと飽きますから……」
それだけを言うと、サッと先導を促(うなが)した。
そして、梅乃が客の横を歩いた。
「お嬢ちゃん、どうなっているんだい?」 客は、初回と今回の違いを不思議に思い、梅乃に聞いていた。
「花魁は……こうして皆に幸せをくれるのです。 まるで、夜に出るお天道(てんと)様(さま)なのです」 梅乃は、こう言ってニコッとする。
そして、妓楼に到着した。
客は妓楼の二階の酒席に通され、玉芳を待った。
菖蒲が客に酌をし、会話を楽しむと玉芳が入ってくる。
「お待たせしました……」
玉芳の言葉で、全員が驚いた。
(普段、言わない言葉だ……いつもはツンとしているが、ここで変化を出したんだ……) 梅乃には、まさに生きた教材であった。
この変化は、男の気を引くのに時間は掛からなかった。
「ありがとう……これからも楽しませてくれよな」 客は、玉芳が席に付いてからスグに心を持っていかれたようだ。
アチコチの妓楼を渡り歩いてきた客は、玉芳に堕ちた。
時代は変われど、男はツンデレに弱いようだ。
「そこで……コレを……」 玉芳が手を叩くと、部屋に赤飯が運び込まれた。
「どうした?」 客はキョトンとしていた。
「今宵、この勝来の妓女としての初日でございます」
「そうか、めでたいな♪」 客はめでたい日に立ち会えた事を喜んだ。
「お召し上がりください。 これは、私の奢りです。 さっ、勝来も……」 玉芳は勝来を近くに呼び、全員で赤飯を食べた。
その時、勝来は涙が溢れて化粧が取れかかってしまった。
「あらあら……」 玉芳はクスッと笑った。
これも変化である。 玉芳は客の前で笑うことは少なかった。
いつもなら、張りつめた空気で存在感を出していたが、今回は違った。
(姐さん……何かあったのかな?) 梅乃は、小さいながらに疑問を抱く。
酒宴は進み、梅乃は子供なので先に失礼をした。
そして、三時間ほどすると酒宴が終わった。
丁寧に挨拶をし、階段まで見送る玉芳。
そして、階段を下りてから菖蒲と勝来が外までの見送りをする。
客が歩いて帰ろうとした時に、玉芳は妓楼前まで速足でやってきた。
少し息を切らした声で、
「また、会えますか?」 と、言ったのである。
客は面食らった顔で
「あぁ、すぐ来るよ」 そう言って、客は帰っていった。
これは、全て玉芳の演出である。
ただ、この変化により玉芳自身にも変化が出てきた。
そして、朝の六時になると浅草寺の鐘の音が鳴る。
新造になった勝来は、菖蒲に同行して客の見送りを行っていた。
そんな中、梅乃はバタバタとうるさい妓楼の中で熟睡をしていた。
第二十九話 小さな綻《ほころ》び「梅乃ちゃん、じっとしててね」 玲が言うと、梅乃は頷く。そして、玲は男性客と話をしている。「……」 梅乃は黙って、会話を聞こうとしていたが玲と男性客は、梅乃を警戒して見世の奥に行ってしまった。そして数分後、玲が戻ってくる。「梅乃ちゃん、ごめんね…… しばらく戻れないわ……」梅乃は黙っていた。両手を縛られ、猿轡《さるぐつわ》をされた梅乃は声を出せずにいた。かえで屋に来た客は、急ぎ木箱に拳銃を入れている。(このまま、私も死んじゃうのかな……) 梅乃は、自身の好奇心の旺盛《おうせい》さを反省している。「さて、用意が出来た…… このガキはどうする?」かえで屋に来た客は梅乃を見つめ、玲に相談していると「う~ん…… 梅乃ちゃん、好きだけど……見られちゃったからな~」 玲は淡々と話し、腕を前に組んでいた。その頃、三原屋では酒宴も終わる時刻を迎えていた。小夜と古峰は、布団の中で深い眠りに入っている。「そういえば、梅乃はまだ帰ってきてないのかい? 何やっているんだか…… あのバカ娘は……」采がキセルを吹かせながら暇そうにしている妓女に話していると「あの……私、探しましょうか?」 こう言ってきたのが 妓女の安子である。安子は梅毒にかかり、回復してきてはいるが客が減っていて暇になっていた。「そうだね。 安子、ちょっと外を見てきな」 采が言うと、安子は外に出て行った。「……寒い。 こんな時間に何をしているのよ……」 安子はブツブツと言いながら仲の町を歩く。他の見世も酒宴が終わり床入りの時刻、誰も外に出ている人は居なかった。一時間ほど外を歩いた安子が妓楼に戻ってくる。「梅乃は?」 采が安子を見ると、「いいえ、誰も外に居ません……」 「まったく……」 采が息をこぼす。「梅乃がどうかしました?」 二階から勝来が降りてくると、「お前、何しているんだい? 客はどうした?」 驚いたように采が言う。「寝てしまいましたわ。 相当、酔っぱらっていましたから」勝来はクスッと笑う。「それで、梅乃がどうかしたのですか?」 「さっき、寝れないから夜風に当たるって言って、一時間以上も帰ってこないんだよ」 采が言う。「心配ですね。 私も探しに行こうかしら……」勝来がソワソワしていると「お前は客が居るだろうが―
第二十八話 眠れぬ夜に 玲が梅乃と知り合い、仲良くなって半月になる。 「おはようございます。 玲さん……」 梅乃だけでなく、小夜や古峰も仲良くなっていった。 「梅乃ちゃん、しばらく忙しくなるから昼間に会えなくなるかも……」 玲の言葉に、梅乃たちは残念な顔をする。 (そうだよな…… 私たち禿とは違って、妓女は生活が懸《か》かっているからな……)梅乃は理解していたが、何かを気にしていた。 そして夕方、梅乃と小夜が引手茶屋に向かっていく。勝来と菖蒲の付き添いである。「こんばんは……」 茶屋で勝来が客と話しをしていると、梅乃は野暮《やぼ》をしないように席を外す。しばらくの時間は、茶屋の二階から仲の町を眺めて時間を潰すのが当たり前になっているのだ。(おやっ? あれは玲さん?) 梅乃は仲の町を歩いている玲を見つける。長い髪が特徴である妓女だが、玲は髪が短くしているので見分けがつきやすい。 そんな玲が一人で歩いている姿が不思議であった。「姐さん、ちょっと外していいですか?」 梅乃は付き添いできていた菖蒲に言うと、茶屋の外に走っていく。「ちょっと、梅乃っ!」 菖蒲が呼び止めるも、梅乃は颯爽《さっそう》と出て行ってしまった。「まったくも~」 菖蒲が困った顔をすると、「そろそろ行きましょうか? 姐さん」 勝来が菖蒲に言う。「どうかしました? 姐さん」菖蒲が頬を膨らませ、怒っているのに気づくと「どうもこうもないわよ! 梅乃が走って何処かに行ったのよ~」菖蒲の額がピクピクしている。菖蒲は真面目な優等生、どこか外れた行動が許せないタイプである。「まぁまぁ……」 そんな菖蒲をなだめる勝来とのバランスが良かった。勝来は武家の娘であり、気位は高いが傲慢《ごうまん》ではない。少し抜けている所も魅力的であった。「しかし、困ったわね~ 酒宴に間に合えばいいけど……」 勝来も困っていたのは他ならない。「後で、お婆から説教をしてもらわないとね~」 菖蒲が言うと、「もう……行こうか?」 客は痺《しび》れを切らしていたようだ。「すみません……」 勝来と菖蒲は詫《わ》びて三原屋に向かっていったのであった。梅乃が玲の後を追うこと数分、玲の後ろ姿を捕らえたが(なんか雰囲気が違うな……いつもより歩き方が男っぽい) 梅乃は玲の姿に違和感を覚える。す
第二十七話 男装《だんそう》の麗人《れいじん》吉原に強烈な風が吹き、建物を揺《ゆ》らす。「寒いし、見世が揺れてる……」 小夜がビクビクしていると、「木枯らしかね~ 今夜は暇になるのかね~」 采は、キセルを持ったまま外を眺めていた。昼見世の時刻、多くの妓女は張り部屋に入り客を待っていた。しかし、木枯らしのせいで客足は芳《かんば》しくない。「こんにちは~ 三原屋ですよ~」 梅乃は見世の外に出て、客引きをしていた。「う、梅乃ちゃん……寒いから中に入ろう……」古峰が梅乃に話しかけてきた。「あら、珍しい……古峰が来るなんて」 梅乃は驚いていた。普段、妓女の言葉のも返事さえしない古峰が自分から声を掛けに来たのだ。「うん、でも、こんな時だから役に立たないと……」 梅乃は大声を出して客引きを続けている。結局、梅乃が叫び続けたが集客ゼロのまま妓楼の中に入っていった。「こう 風が冷たいと客は来ないか~」 梅乃がため息をつくと、「それでも梅乃が頑張っているのを見ている人が居るわよ~」小夜と励まし合い、手をニギニギしていた。「梅乃、古峰と一緒に、買い物に行っておいで」 采がメモを渡す。「はーい。 行ってきます」 梅乃と古峰は、震えながら茶屋まで向かった。「ごめんください。 買い物を頼まれました~」 梅乃は千堂屋の入口で、大きな声を出すと「あらあら、梅乃ちゃんは元気ね~♪」 野菊が出てきた。「野菊姐さん、こんにちは」 挨拶をする。「こ、こんにちは……」 古峰も挨拶をすると「あら~ 言えるようになったのね。 偉いわね」 野菊は、笑顔で小峰の頭を撫でた。すると、この吉原に見た事のない長身の女性が買い物をしていた。その女性は髪が短く、どこか中性的な顔立ちの美人だった。「ふえ~ 普通なら髪を長くして、後ろで束《たば》ねるのに……」 梅乃は珍しい髪型を食い入る様に見ていた。女性が梅乃の視線に気づく。「お嬢ちゃん、どうしたの?」 女性は梅乃に声を掛けると「いえ……髪が短くても綺麗だな~と思って、見ちゃいました」梅乃が恥じらうこともなく、女性を誉めていると「あ、ありがとう……嬉しいわ。 でも、男みたいでしょ? 背も高いし……」 女性は、恥ずかしそうに言う。 「全然! 本当に綺麗です……」 梅乃の目は、憧《あこが》れのような眼差《まなざ》
第二十六話 按摩《マッサージ》秋、日暮れも早くなってきた頃である。「なんか寒くなったな……そろそろ火鉢を出した方がいいんじゃないか?」客が妓女に言うと、「まだお婆が良いと言わないのよ~。 布団で温まりましょう」そんな会話が出てくるようになっていた。「ふぅ 肩が凝《こ》るわね~」 菖蒲が肩を叩いていた。「揉《も》みますよ、姐さん」 小夜が菖蒲の肩をトントンと叩いていく。三原屋の玄関前では、片山がチラシを受け取っていた。「これは?」 片山が不思議そうにチラシを覗き込むと「按摩《あんま》ですよ。 今ではマッサージとも言うらしいので……」チラシを持って来た男性が説明をしている。「こんなのが吉原に……」 時代の変化を感じ取っていた。そして三原屋では、「へ~ 珍しいのが出来たものだね~」 采も驚いていた。「そうでしょ。 お婆も行ってみたらどうです?」 片山が言うと「私も肩が凝ってきているからね~ 行ってみるか」 采はニヤッとして、早速、按摩の見世に向かった。「いらっしゃいませ」 中から声がすると、若い男性が出てきた。「ここは按摩かい?」 采が慣れない雰囲気にオドオドしていると「そうですよ。 ささっ、どうぞ」 若い男性は、奥の布団まで案内した。そして施術が始まる。「お客さん、凝《こ》ってますね~」 と、言いながら肩を揉んでいく。「うっ! そこ……」 采から声が漏れる。開始から三十分が過ぎた頃、「終わりました」 若い男性が言うと「スッキリしたよ。 また来るわ」 采はご機嫌で帰っていった。しばらくして、「お婆~ 按摩、どうでした?」 信濃が采に感想を聞いていた。「良かったよ。 お前も行ったらどうだい?」「そう、行ってこようかな~」 信濃は着替え、按摩の見世に向かったが「あら、凄い行列……」 信濃は行列が出来ていた為、諦めて妓楼に戻っていった。そして数日後、噂を聞いた梅乃たちは外から按摩の見世を眺めていた。見世を後にする客は、 「あぁ気持ち良かった~」 と、言っていたのを見ていた小夜が「そんなに気持ちいいんだ~ 私もやりたいな~」 などと言うようになった。翌日、梅乃は一人で見に来ていた。すると、一人の妓女が見世から出てきて「クソッ」 と、言う言葉が出てきたのが耳に入る。「あの……どうしました?」 気になる
第二十五話 大門を打つ一八七二年 (明治五年) 江戸の街と呼ばれていた場所は、東京へと名前が変わっていた。ただ、どうしても『江戸』と呼ぶ人もまだ多い。そして、今までの『将軍』と呼ばれる人はおらず、総理大臣と呼ばれる者になっていた。それは、初代 内閣総理大臣 「伊藤博文」である。これは時代が進んだ証であり、髷や刀などといった物が世間から消えていったことである。しかし、江戸の名残《なごり》もあり、変わらぬ文化も存在する。ここ、吉原である。吉原は幕府公認の妓楼《ぎろう》街《がい》であり、存在は江戸から明治になっても存在していた。ここに昔から変わらぬ妓楼も数多く存在している。そのひとつ、三原屋である。多くの見世は、○○屋から ○○楼と、洋風を取り入れた名前に変わっていたりする。その中には、衣装も着物から洋服を取り入れている見世も出てきていた。「こら梅乃―っ!」「ひゃーっ」 梅乃が走って逃げている。「小夜ちゃん……梅乃ちゃん、今度は何をしたの?」古峰は、梅乃が逃げている理由《わけ》を小夜に聞くと「すぐ、わかるよ……」 小夜が冷めた口調で話す。「あんたたちも知っているんでしょ?」 一人の妓女が小夜に問い詰めてくる。小夜は無表情で首を横に振ると、「ほら、お前じゃないかー」 そう言って、妓女は梅乃を追いかけまわしていた。「ったく……逃げ足の早いヤツ……」 妓女は梅乃を追いかけるのを諦めたようだ。「あの……梅乃ちゃんは何を……」 恐る恐る古峰が妓女に聞くと、「これ! アイツ、バッタを私の服の下に隠してやがったんだよ」 妓女は怒りながら説明をしていると (そりゃ、怒るわ……) 古峰も納得していた。 「ふぅ……なんとか逃げれた」 梅乃は汗を拭《ぬぐ》う。 逃げ切った梅乃は大門の前に来ていた。 すると、大門の前には大勢の人だかりが出来ているのが目に入る。 (なんだ? 凄い人数だな……) 梅乃は人数が多いイベントは経験しているが、このような団体の客を始めて見た。 顔を見ても、ただの年寄客である。 しかし、衣服は洋服を着ていることからタダ者ではないと気付く。 「どんな人なんだろう……?」 遠目で見ていた梅乃は不思議に思っている。そして夕刻、吉原に異変が起きた。 団体客の数名が、各見世に入って主人と話していく。 その
第二十四話 命の重み「こんにちは……」 三原屋に客人が訪れる。 鳳仙であった。「こんにちは、鳳仙花魁」 出迎えた片山が、鳳仙を中に通す。「梅乃と小夜は、どうですか?」 「まだ横になってるよ。 会っていくかい?」 采が鳳仙に言うと、「少しだけいいですか?」 鳳仙が頭を下げる。「それで、なんか吹っ切れた顔をしているけど……なんかあったかい?」 「はい。 梅乃と小夜に、生きる力を貰いました……」 鳳仙が話し出すと、采は静かに目を閉じる。「そして、生きていきたいと本気で思いまして…… 岩の手術をお願いに来ました」 鳳仙の目は本気だった。「そうか…… アンタは最高の花魁だ。 また元気な顔を見せておくれ」これは采も驚いていたが、この仕事をしている限りは仕方ないと分かっていた。静かな雰囲気の中、梅乃と小夜が並んで寝ている枕元に来ると「ありがとね~ 生きる大切さを教えてもらったよ」 鳳仙は、二人の頭を撫でている。「さて、赤岩先生は……?」 「奥の部屋だよ」 采は赤岩の部屋を指さすと「先生、失礼しんす……」 鳳仙が、そっと戸を開ける。「おや? 鳳仙花魁……覚悟を決めましたか?」赤岩は、鳳仙の目の違いを感じ取った。「はい。 お願いできますでしょうか?」 「全力で……やらせていただきます」 赤岩の言葉に力が入る。後日、赤岩は鳳仙楼を訪れていた。「これが手術の説明書になります」 赤岩が提案した手術は、知り合いの病院を借りて行うものであった。「よろしゅう……お頼みもうしんす」 鳳仙は、ゆっくり頭を下げると「なにとぞ、鳳仙をお願いいたします……」 鳳仙楼の主人も頭を下げた。(理解ある見世で本当に良かった……) 赤岩はホッとしていた。「では、出血を少なくするので、お酒は飲まないでください。 一週間は飲まないでください」 「はい……」 それから一週間が経ち、「お酒は飲まなかったですか?」「はい。 飲んでいません」「わかりました。 では外に向かいましょう」 赤岩と鳳仙が大門の前に来ると、四郎兵衛会所の者が立っている。 「鳳仙花魁、証書です。 お気を付けて……」 そう言って、会所の者は道を開け、外へ案内すると「外は、こんなだったのかぁ……初めて見た気がするよ~」 鳳仙は、子供のように はしゃいでいた。「初めてですか?」 赤岩が